気づかれない仕事

Text 那須ミノル
2026.5.29

吉本ばなな『キッチン』を読んだのは高校生の頃。歳の離れた兄が「自分と同い年の人がこんな作品を書くのかと驚いた」と褒めていたのを聞いて、興味が湧いたのだ。買って読んでみると、たしかに「私がこの世で一番好きな場所は台所だと思う」から始まる物語は、読みやすく、登場人物一人ひとりが新鮮で、会話も内容も面白く思ったと記憶している。でも、それから40年近くも経ってしまった今に至るまでずっとぼくの心に引っかかっているのは、その本の中身のほうではなく、実は、本の帯に記されていたコピーだった。高校生のぼくが買ったのは、福武文庫の、おそらく初版から遠くないもので、その帯には大きな文字で「Be your friend」とあり、その下にサブコピー的に「私の言葉はあなたの孤独にどこまでとどくのだろう」と書かれていた。「キッチン」というタイトル、「Be your friend」というコピー、さらに「私の言葉はあなたの孤独にどこまでとどくのだろう」というサブコピー……。実に美しい言葉の配列だと思った。

『キッチン』という本は、その後も売れ続け、ロングセラーとして今もなお本屋で売られていることと思うけれど、いつからか帯のこのコピーとサブコピーはあまり使用されなくなったらしい。Googleで『キッチン』の文庫本を画像検索しても、初期のそのコピーに出会えることの方がずっと少ない。でもぼくは、今でも、その帯コピーに出会いたい、そのコピーを確かめたい、という衝動に駆られるタイミングがときたまやってくるので、今もGoogleで探したり、見つけたり、出会えてはホッとしたりしている。

「Be your friend」も、「私の言葉はあなたの孤独にどこまでとどくのだろう」も、物語の本文の中に登場したフレーズではないはず。単純に抜き出された類のテキストではない。おそらく、編集や装丁に関わった誰かが新たに寄せたコピーなのだろう、と思う。ぼくは、その誰かの仕事ぶりが気になっている。気になり続けてたぶん数十年になると思う。作家が書いた素晴らしい小説世界を、わずかな文字数で表現しつつ、その世界のトーンをさらに響かせて、まだその本を読んでいない読者の期待を膨らませる、という高度な仕事を成し遂げている。なんと素晴らしい仕事ぶりだろうと唸らずにいられない(でも、このコピーが褒められたり注目されたりしたのも見たことがない)。

未だ、このコピーの仕事が誰の手によるものなのか、ぼくは知らない。出版社の装丁担当の人なのか、編集者なのか、もしかしたら作家本人ということもありうるのか。いずれにせよ、ぼくはその人の仕事ぶりに憧れ続けている。このコピーは、時代の中で、もういらないものと判断され、使われなくなるに至ったということかもしれないけど、そんな事実とは無関係に、ぼくは本当にこのコピーが好きだったし、今もこころに刺さったまま抜き取ることができずにいる。そのことを、誰に共感してもらいたいわけでもなく、誰かに届けたいわけでもないけれど、でももしかしたらたった一人の誰かにだけは伝わってほしいような想いで、やっぱりちゃんと伝えたいという気がしている。